めざせナンバーワンDD

DDを極めすぎたアイドルヲタクの独り言

最高の愛を込めて誰も推さない


2015年9月6日。

今日をもってわたしは担当だの、推しメンだのとはさよならすることにした。フリでもなんでもない、本当の気持ちだ。

正直言ってものすごく悩んだ上での結論。

長いことDDとして生きてきた。「人より《好き》の熱量が大きいからそれを多方面に分散させる」ことによっていろいろな物事を消化してきた。

それでも心の奥底に「アイドルではこの人が一番好きなんだけどね」という思いはあった。
しかしとある一件から、その彼は少し嫌な思い出を想起させるちょっと苦い存在になってしまった。もちろん彼は何も悪くないのだけれど。

ヲタクの世界というのは美しいアイドルへの愛情に満ち溢れているが、そこには同時に怒り、嫉妬、不満、執着、欺瞞、憤り…そんな醜い感情も渦巻いている。
それはやはり、《好き》の熱量が人より大きいヲタクが集まっているのだから仕方がないことだとは思う。でもそれをアイドル本人に見せたり、感じさせたりしてはいけない、そう強く感じるようになった。

アイドルの前で負の感情を出すことはヲタクとして最も罪深い行為だと思う。

それがたとえ被害者であったとしても、だ。
たとえばわたしの経験でいうと、某くんがサインボールを持って「いる?いらない?どうしようかな〜?いるの?はい、ぽーん」っていうやりとりの末に狙い投げしてくれたサインボールをキャッチし、手のひらの中にあるそれを強奪された経験がある。
そのときの某くんの「ゴメン」って口パクした、あの悲しそうな顔は一生忘れないだろう。

同担、または推し被りという言葉がある。かなり嫌悪の意味が込められた言葉であると感じる。多くの場合、レスやファンサ、接触系イベにおいては対応の仕方などにより同担、推し被り間では「嫉妬」が生まれることになる。

こんなもの形式的な自己満でしかないのはわかっているけれど、わたしは今の担当を最後の男にすることにした。本当に担当も推しもいない、アイドルDDになる。

近くに来た子を見る。

暗黙の了解で決められたコールをする。

ソロパートを歌っている子にケチャを送る。

これでいいじゃないか。

黒い感情の混じった応援なんてする価値もない。
だからわたしは、今日から最高の愛を込めて、誰も推さない。